九谷焼の歴史

九谷焼の流れ

詳しくは各項目でご紹介してありますが、流れが掴みにくい為、ここでは年表を使用してご紹介致します。 どの窯が先に出来たのか、後に出来たのかが解りますと、「九谷焼」をより理解しやすくなると思います。

九谷焼年表
1644  正保1
前田利治、土田清左衛門に九谷鉱山について指示

古九谷時代 (1655頃〜約50年間)

1655  明歴1
この年の「明歴元年六月廿六日田村権左右衛門」と書かれた破片あり
1656  明歴2
九谷古窯跡より「明歴弐歳九谷八月」と書かれた陶片出土
1670  寛文10
九谷1号窯稼働(1680+-30年考古地磁気測定法)
1710  宝永7
九谷2号窯稼働(1710+-40年考古地磁気測定法)
1781  天明1
越中城端の陶工殿村屋和助、金沢卯辰山北谷に、開窯
1798  寛政10
粟生屋源兵衛、小松に楽窯開窯
1806  文化2
金沢町会所、京都より青木木米を招き、卯辰山瓦窯で試焼

再興九谷時代 (1807〜1867)

1807  文化4
木米指導のもと、金沢町会所、春日山窯を開く
1808  文化5
春日山窯、松田平四郎、宮竹屋喜左衛門の経営に移る
1811  文化8
本多貞吉、花坂村に磁鉱を発見する
1816  文化13
若杉窯、御郡奉行所の経営となる
1819  文政19
藪六右衛門、小野窯を始める
1822  文政5
武田秀平号民山、金沢卯辰山に民山窯を開く
粟生屋源右衛門、小松で楽焼きを始める
1824  文政7
豊田伝右衛門、九谷村に築窯
1826  文政9
豊田伝右衛門、九谷村の窯を山代越中谷に移す
1831  天保2
吉田屋、窯業部門を宮本屋に譲る
木崎卜什、山代に木崎窯を開く
1833  天保4
九谷庄三、能登小山西照寺で指導
1835  天保6
宮本屋宇右衛門、飯田屋八郎右衛門 を招き宮本窯を開く
斉田道開、 寺井佐野に佐野窯を開く
1841  天保12
藪六右衛門の窯、塚野善太夫の経営となり、 小野山陶器所となる
九谷庄三、寺井に寺井窯を開く
1847  弘化4
松屋菊三郎、蓮台寺窯を開く
1848  嘉永1
大聖寺藩、藩営松山窯を開く
1860  万延1
大聖寺藩、宮本窯を買い入れ、 九谷本窯とする
1865  慶應1
大聖寺藩、九谷本窯に京都より永楽和全を招く

明治九谷(産業九谷)時代 (明治、大正期)

1868  明治1
松原新助、八幡に独立築窯
1869  明治2
阿部碧海、金沢古寺町に絵付工場を起こす
1871  明治4
大蔵寿楽、九谷本窯を購入し独立

以後、現代へと続いていきます。
九谷焼の歴史は、日本という国と非常によく似ています。 他者に学び、それを発展させ進化させて行く。正に日本の縮図のような「やきもの」です。 一時は世界のトップと呼ばれた九谷焼が、今後どのように進化していくのか楽しみです。

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