その他の窯・陶工

粟生屋源右衛門(粟生屋窯)(1789〜1858)能美

寛政十(1798)粟生屋源兵衛、小松に楽窯開窯
粟生屋源右衛門、小松で楽焼きを生業とする家に生まれ、その後、若杉窯の本多貞吉に師事し、 文政六(1823)年に本多清兵衛と共に九谷村にて吉田屋窯を築く。小野窯、蓮代寺窯、松山窯に携わり、 九谷焼の発展に尽力した。 晩年、楽焼きの一種である洛陶を開発し、名品を多数残した。

粟生屋源右衛門の作品

色絵竹林七賢人木瓜形平卓
色絵竹林七賢人木瓜形平卓
口径34.0cm 高さ20.5cm
粟生屋源右衛門 粟生屋窯
小松市立博物館所蔵
色絵桐鳳凰草花文高卓
色絵桐鳳凰草花文高卓
口径31.3cm 高さ38.2cm
粟生屋源右衛門 粟生屋窯
石川県立美術館所蔵
色絵山水図鉢
色絵山水図鉢
口径24.1cm 高さ12.4cm
粟生屋源右衛門 粟生屋窯
石川県立美術館所蔵
色絵芦雁文菓子器
色絵芦雁文菓子器
口径19.7cm 高さ8.8cm
粟生屋源右衛門 粟生屋窯
金沢市立中村記念美術館所蔵
色絵山水図扇面形皿
色絵山水図扇面形皿
口径33.5cm
粟生屋源右衛門 粟生屋窯
寺井町九谷焼資料館所蔵

飯田屋八郎右衛門 (1801〜1848) 加賀

享和元(1801)年に大聖寺新町に生まれた。 飯田屋八郎右衛門は、初め染め物を生業としていたが、その後陶画の道に入るが、 何時、誰の下に入ったのかは定かではない。
天保六(1835)年に山代の宮本窯の主工として招かれ、「八郎手」と呼ばれる赤絵の時代を築いた。
緻密で精巧な赤絵金襴を得意とし、赤色は濃く、厚く、光沢があり「赤九谷」と呼ばれる。

飯田屋八郎右衛門の作品

赤絵草花丸文蒸物器
赤絵草花丸文蒸物器
口径12.3cm
飯田屋八郎右衛門
赤絵不動明王図花瓶
赤絵不動明王図花瓶
高さ47.0cm
飯田屋八郎右衛門

九谷庄三 (1816〜1883) 能美

文化九(1826)年に若杉窯に入り、赤絵勇次郎に師事。天保三年に小野窯に招かれ赤絵細描、 粟生屋風色絵の優品を手がけた。 天保一二(1841)年に故郷の寺井にて絵付窯を築く。 慶応元(1865)年に色絵金襴を完成し「庄三手」と言われる九谷の代表する画風を残した。

九谷庄三の作品

色絵割取人物山水花鳥図大皿
色絵割取人物山水花鳥図大皿
口径39.0cm
九谷庄三
色絵亀図馬盥
色絵亀図馬盥
口径40.5cm
九谷庄三
庄三茶碗
庄三茶碗
口径14.0cm 高さ7.7cm
九谷庄三 寺井窯
石川県立工業高等学校所蔵
色絵金彩花鳥文大香炉
色絵金彩花鳥文大香炉
口径22.3cm 高さ32.6cm
九谷庄三 寺井窯
石川県立美術館所蔵

木崎万亀 (1834〜1895) 加賀

天保五年に、木崎窯の木崎卜什の長男として、山代新村で生まれる。 幼少の頃より父卜什に学び、17歳にして木崎家4代を継ぐ。 万延元年に、京都の名工永楽和善に師事する。
文久2年に、卜什が春日山に窯を開き、万亀も移る。 慶応元年、大聖寺藩の命により、京都より師の永楽和善を山代に招き、 九谷本窯(永楽窯)開窯に人力を尽くす。
明治九谷を代表する、赤絵の陶工である。

木崎万亀の作品

赤絵竜鳳馬之図蘭鉢
赤絵竜鳳馬之図蘭鉢
高さ14.0cm
木崎万亀
赤絵松に鷹図耳付花瓶
赤絵松に鷹図耳付花瓶
高さ41.4cm
木崎万亀
加賀アートギャラリー所蔵
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